フィジカルも侮れない
世の中にはメンタルヘルス疾患に対する強い偏見が存在すると感じることの一つに、体調不良をメンタル要因なのかフィジカル要因なのかを気にする風潮があります。
分かりやすく言えば、フィジカル要因だったら治ったら問題ない(元通り)けど、メンタル要因だったらレッテルを貼りたい(ずっと注意が必要)ということでしょうか。
しかし、長く産業保健の場にいると、グレーなケースが思った以上に多いことが分かります。
例えば、ただの睡眠障害だとメンタル要因だと思われがちですが、交代勤務の部署に配属されたことが発端だったらどうでしょう。生活リズムを一定に保てなくなり、夜寝れなくなった場合は物理的要因が絡んでいるとも言え、一概にメンタル疾患とも言い切れません。このような場合には、薬や治療に頼るより、勤務シフトのサイクルを見直すなどして職場の環境を整え、生活リズムを保てるようにした方が有効です。そう思うと、怪我の多い現場の環境を整えることと対応は似ており、フィジカル要因に近いと言えます。
また、ただの骨折であればフィジカル要因かもしれませんが、それによって気分がふさぎ込み、うつ状態になる場合はどうでしょう。この場合、診断書は外科で書いてもらうのでしょうが、うつ状態になることによってリハビリが進まず、休職期間が長引くのであれば、むしろメンタル要因だとも言えます。
もっと端的に言えば、「頭痛」や「腹痛」として診断書が出てきても、それがメンタル要因であることは数知れず、それを証明することもできないのです。
しかし、体調不良がメンタル要因だとしてもフィジカル要因だとしても、復職の考え方は同じです。通常通り仕事できる状態であることを確認し、再発しないよう対策を立てる、ということになります。
つまり、“職場で仕事できない状態”としては、メンタル要因かフィジカル要因か、それはあまり重要ではないのです。
もちろん、対策の立て易さで言えば、フィジカル要因の方が対策は立てやすいケースが多いです。本人に(ほとんど)過失のない怪我や体調不良、例えば普通に歩道を歩いていて追突されたとか、流行の風邪がうつったとか、それらは繰り返す(再発)ことは稀でしょうから、その対策はあまり重要視されません。復職においても、回復したら文字通り元通り働けます。
でも、フィジカル要因でも片頭痛や肩こり、腰痛の人はどうでしょうか。軽度であれば、かなりの人がこれらの不調を経験したことがあるはずです。しかも、何回も、何年も再発を繰り返していたり、もしくは治ることなく、ずっと不調を引きずっている人も少なくないと思います。でも、生産性はずっと下がるでしょう。最近、プレゼンティーズムなどの言葉が注目されているように、体に不調を抱えながら仕事をする場合の生産性は、元気な時の半分以下になるというデータもあります。重度であれば、仕事を休まざるをえなかったり、手術などをして長期間休まなくてはいけない人もいます。
そう考えると、フィジカル要因であったとしても軽んじたりせず、やはりしっかり対策していく必要があるということが分かるのではないでしょうか。
「フィジカル要因だから問題ない」「メンタル要因だから大変だ」そのような考え方こそ、フィジカル要因の疾病に対する未然予防や治療を遅らせ、結果として会社全体の生産性を鈍らせる温床になっているということに気付いていただきたいと思います。
職場においては、生産性が下がることをできる限り防ぐ必要があることにおいては、どちらも平等に対策する必要があるのです。